あなたがあなたの心に素直になると
自然とあなたの道が開かれていく。
本当に思っている事を隠そうとすると、
そうすることであなたの道は閉ざされていく。
相手を傷つけてしまうから、とか、
嫌われたくないから、とか、
場を乱すから、とか。
そういう考えは、
あなたの心を素直に表現するのを留めてしまうかもしれない。
そんなときは、
それが思い込みに過ぎないことに気づいてください。
その奥には、絶対に素直に表現できるあなたの想いが眠っています。
その想いに気づいたときに、
あなたの人生はあなたの心の正直さを映し出すでしょう☆
未知(まだ知らない)の世界と
既知(既に知っている)の世界。
この2つには大きな違いがあります。
それは、あなたが何をするかということ。
既知の世界に生きているとき、
あなたには選択肢があります。
既に知っている事に対処するので、
結果は予測できますよね。
あなたの望むような結果を得るために、
あなたは選択することになります。
それでは、
未知の世界に生きているときはどうか。
そのときにも、あなたには選択肢があります。
しかしながら、結果が予測できません。
結果が予測できない、わからないときに、
あなたは何をしますか?
それはきっと、あなたにとって
大切なことになるんじゃないかな、と思います☆
大人になると、
世の中のことがわかるような気がしてくる。
長い間生きることで、
予測の精度が高まってくる。
しかしながら、
そうなったときに、
自分が幸せかどうかを振り返った方がいい。
あなたが予測の範囲内で生きている可能性があるから。
未知(知らないこと)と既知(知っていること)では、
既知の方が安全だから、なるべく既知を起こそうとする。
しかしながら、
私達が生きているのは、
本来は未知の世界。
予測不可能な世界。
既知の世界に生きようとしても、
必ずそれは崩れ去る事になります。
あなたが既知の世界に生きていると気づいたら、
それが幻想に過ぎない事に気づいてください☆
わたしたちは、みんな大いなる流れの中にいる。
その流れは強すぎるので、
一見進みたい方向に進めないように見えるかもしれない。
しかしながら不思議なことに、
あるとき自然にその流れを進めるようになることがある。
それは昔からずっとわかっていたことだし、
ずっと疑問に思ってきたことでもあります。
人間には意志の力が備わっています。
それはとても偉大な力です。
自分の中に眠っている力を引き出すことで、
素晴らしい才能を引き出す事が出来ます。
一方で、いくら引き出そうとしても、
なかなか芽が出ない才能もあります。
いとも簡単に実現してしまう願いもあれば、
なかなか実現しない願いもあります。
どれだけ両想いでも離れ離れになる人達もいれば、
どれだけ憎しみ合っていてもずっと一緒にいる人達もいます。
これらの奥にある源。
それは、あなたの本質が大いなる流れを望んでいるということ。
あなたの自我、意志、思考、感情は
これらすべてをコントロールする事が出来ると思うかもしれない。
確かにあるレベルではそれら全てをコントロールすることは出来るように思える。
しかしながら、自分の中にある土台に気づけば気づくほどに、
それらを到底超えた力の存在に気づかざるを得ない。
それが「本来のあなた」=「あなたの本質」。
本来のあなたに気づいたとき、
あなたはコントロールする必要を感じないでしょう。
なぜなら、全てはあなたの思い通りになるから。
しかしながら、その「思い通り」は、
あなたの自我、思考、感覚が創りだす「思い通り」ではなくて、
全てが調和して、満たされている「思い通り」です。
しかしながら、これを読んだだけでは理解できません。
ではなぜこのような事を書くのか。
それは、
「すべてあなたの中にあるということ」
それに気づいてもらうためであり、
思い出してもらうためです。
常にあなたの内面が世界に反映されています。
世界が先にあるのではなくて、
あなたの内面がそういう世界を引き寄せている。
そのことに気づいてください☆
自分自身を省みて、
また色々なことを信じている人達を振り返って思うのは、
多くの人が人生の土台と呼べるような物を持っているということ。
その土台をよりどころにして多くの人は生きているので、
自分がそれを土台にしていることに気づけません。
(たびたび、このブログでは無意識、と表現してきました)
例えば、今でこそ地動説(地球が太陽の周りを回るという説)が
正しいと観測されていますが、
ガリレオやコペルニクスより前の時代には、
天文学は存在しても、天動説(地球を中心に星が回るという説)が
正しいと思われていました。
しかしながら、
そういったコペルニクス的転換が正しいとわかるまでには、
とても時間がかかったのです。
なぜなら、それまで聖書に書かれていたことに反していたからです。
この場合も、色々な土台があったかと思いますが、
「聖書は正しい」
「自分の見ている物は正しい」
「自分の教わった事は正しい」
というような、「正しさ」を土台にしている人達は、
受け入れる事が難しかったようです。
しかしながら、時が経ち、
天動説と地動説を知り、地動説の理論を理解できる人が増えると、
次第に受け入れられていったようです。
このように何かを土台にして、
その正しさを疑えない人は、
良く考え、理論の正しさを吟味する事が出来なくなりがちです。
自分が何を土台にしているのか、
その土台は正しいものなのか、
それに気づいたとして、何が出来るのか・・・
あなたの心に問いかけてみてください。
現代の日本で幸せに生きる上で、
とても大切なことになるはずです☆