さて、前回の記事で
「数字を使うことで何が起こるのか」
「なんのために数字を使うのか」
について書きました。
それを受けて、今日の記事を書きます。
数字は、数という抽象的な概念を文字にして表現したものです。
そこに単位をつけることで、
物についての属性を表現する事が出来ます。
すなわち、数字と言うのは、
言葉同様、概念の表現手段の一つ、ということが言えます。
さて、その中でも数字の特性とは何か。
それは、
「比較できる」ということです。
数字を使うことで、
何かと何かの大小を比べる事が出来ますよね。
すなわち、
ある基準に沿って、
どちらが大きいか、どちらが小さいのかを比較できる。
すると、どちらの方が自分の目的に沿っているかが
わかりやすいんですね。
さて、ここで気をつけた方がいい事が出てきました。
それは、
「ある基準に沿って」ということです。
どういうことかというと、
数字と言うのは、単位をつけることで物の属性を表現出来るのですが、
逆にいえば、その単位に縛られる、ということになります。
すなわち、
数字を使う限り、
二元論に捉われやすくなってしまうんですね。
例えばお金。
お金の額の大きさという基準で、
10000円、200000円、3000000円、というように
増えていきますが、多くの人は
その基準で表現することで、
お金と言う概念への理解をその基準だけで済ましてしまいがちになります。
お金の意味や、お金の目的などを
自分自身で真剣に問わない限り、
そういった物に気づきすらせず、
周りに流されやすくなってしまうのです。
文章でも、しばしば数字を用いた表現の方が
わかりやすいと言われる事があります。
それは確かにその通り、
数字を用いてあると、比較できる。
何かと何かを比較出来たら、わかりやすいですね。
しかしながら、結局数字を使う限り、
二元論に捉われやすくなってしまいますし、
共通の単位、共通の認識を持っている人にしか
言葉が理解しづらくなってしまいます。
例えば、年収300万円の人は、
年収5000万円の人の金銭感覚で表現された数字を読んでも、
理解しづらいでしょうし、
年収5000万円の人は、
年収300万円の人の金銭感覚で表現された数字を読んでも、
理解しづらいでしょう。
さらに、世の中には、しばしば
あたかも信頼できる調査に則った数値であるかのように、
世論調査や、統計の数字を持ちだす人がいます。
一般の人にとっては、そういった数字は盲目的に信じてしまいやすいでしょうね。
しかしながら、統計を勉強すればするほど、
その統計の背景を説明しない限り、
その数字の妥当性を表現出来ないのです。
それを数字だけ持ち出して、
信頼性、妥当性があるかのように装うのはとても微妙です。
そして、多くの人にとっては、その背景を理解することは
大変なことになります。
(本当は大切な事なのですが。)
だとしたら、自分の言いたい事があるときに、
数字を使わずに人に言葉を通して心を伝える。
そのような姿勢が大切だと思うのです。
人間の本質に迫れば迫るほど、
数字抜きでも、言葉だけでも、
人の心に言葉は伝わるはずなのです。
なぜなら、人間の本質は共通しているはずだから。
ただ、それには表現を磨く、
たくさんの人にとって、
どれだけわかりやすく文章を書くことがとても大切になってきます。
日々研鑽していきたいところです(^^)
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和田裕美さんの文章、言葉づかいは、
そういった点から見て、とても卓越されているし、
素晴らしいと思って、いつも楽しみにしています。
「まんじゅうの会」というアイデアも素敵なので、
ここでご紹介させて頂きまんじゅう☆
☆和田裕美さんの「まんじゅうの会」応援
「ねまんじゅう」の正確な動作について(10/18) ねまんじゅうの応用(10/28) 入会希望が70名(11/1)